重度肢体不自由のある子どもの選択を考える「複数のものから選んでいても」

さて、このシリーズもこれで終わりにします。

12月29日は畠山さんの三回忌、改めて考える「選択する」ということの意味
12月29日は畠山さんの三回忌、改めて考える「選択する」ということの意味
3人のメンター 今の仕事に大きな影響を与えてくださった3人のメンターがいます。 一人が和歌山大学の江田裕介さん、二人目が東京大学...
重度肢体不自由のある子どもの選択を考える「実はいろんな場面で選択をしている」
重度肢体不自由のある子どもの選択を考える「実はいろんな場面で選択をしている」
昨日のこれの続きです。 さて、肢体不自由の障害が重い子どもとのコミュニケーションを考えるとき、自分で手を出すこともなか...

選択活動は、人権を考えても基本的要求としてもとても大切です。

ある意味

やらなくてはいけません

しかし、だからといって、やればそれで正確に本人の意思が反映されるかといえばそんなことはありません。

上記の図は、いつもお世話になっている谷口さんのブログから拝借しました。

この絵にはこんな事が書かれています。

何を聞かれているか
分からないけど、
返事をすればその場は流れる

どっちを選んでも
起こることは大して違わない

だったら、
先生の顔色や
語調に合わせて返事をすればいい

自己選択、自己決定も
状況によっては逆効果にも

こんな事が起こっていないでしょうか?

聞いているようで聞いていない。教員の勝手な解釈が行われている危険性があります。

そのためには、分かるように伝える事がとても重要です。

言葉で聞いて確認するというのは一番行われているけど、本当に言葉が分かっているのだろうか?

メラビアンの法則というのがあります。

人が好きか嫌いかをどれで判断するかというのに、言語(Verbal)によるものは7%程度しか無いと言われています。

言語が分からないとすれば、語りかけている教員の声の調子(Vocal)や表情(Visual)を判断材料としてしまう可能性があります。

音声で確認するのではなく、見せて判断してもらったりなど違った方法で確認することも大切です。

視線入力というのは1つの方法としては良いのですが、視線入力で気をつけなければならないのは

選びたくない

という選択肢を用意するのが難しいこと。

例えば、目の前にペットボトルが2つあって、どちらにするという問いかけをするのであれば、手を出さないという選択が可能です。

しかし、視線入力の教材の場合は、どちらでも無いという事が表現しづらい。

必然的にどちらかを選んでしまう。

誘導してしまう危険性を含んでいます。

本当ならば

どちらでも無い

というボタンや

選びたくない

というボタンがあってもいいのですが、そうなると、操作の方法が複雑になってくるでしょう。

視線入力については、そんなことを考えながら使っていかないと、選んだからそれが選択だと決めつけてしまうことになりかねません。

視線入力をについて、ある人がFC(ファシリテートコミュニケーション)のようだと評されていました。

FCでは、子どもの手を持って文字盤を選んでいきます。手の動きが十分でないために支援者が手を持って動かすので、支援者が上手く調整して意図した文字を選べるのですが、これの危険なところは無意識に支援者の意図が反映されると言われています。

有名なのはその昔にNHKで放映された奇跡の詩人でしょう。これは、その後に国会でも問題になり、検証番組まで作られました。

現在AIが発展してきており、支援者が人間では無く、ロボットになるようになればもしかすると人の無意識な動きがなく、純粋に本人の意思で選択できるようになるかもしれません。

FCを完全に否定するのはなかなか難しいですが、これと同じように子どもの意思を誘導することになってしまうかもしれない。

大切なのは、関わる教員や大人の有り様です。

さて、最後になりますが、奥平さんとsyunさんから貴重なコメントをいただいたので掲載します。

選択は奥が深いものです。私は、スタッフと食事に行くと、一番最後に選びます。というのも、私が「ハンバーグ定食」と先に選んでしまうと、それ以上の値段のものを、スタッフは選びにくくなるんです。気がひける。それは、私が社長だからです。彼女らとの間に、「主従の関係」があるからです。

教員と生徒、親と子も、この「主従の関係」が自ずとあるのです。なので、子供たちは、そこに「圧」を感じると、気がひける、選びにくくなる、本音が出せないことも起こります。それをこちらが、わかっておくことがいるんですね。

私は、「(相手が)選んでいるところを見ない」と話します。どうしても大人は、「何を選ぶんだろう?」と、ジッと見てしまうんですよね。そこで、数回「あ?それ?」「違う方が・・」というような雰囲気を示すと、子供は、大人の期待する選択肢を探そうとするようになるし、また、選んでもらおうとしても、「どうせ」や「別に」という態度になってしまうんです。

何択までなら、自然に選べるとか、そういうのも、もう科学されて、統計ででています。でも、まず「選ぶ」「選択」は周囲の影響を受けやすいというものだと、わかっておくことはいります。すると、自分がどういう視点で(態度で)子供と接したらいいのかに至るのではないでしょうか?(奥平さんより)

また、syunさんからは

今までこういった機会が無かった子どもさんに選択をと言う時、先ずは二択からと言うのが常道だと思います。奥平さんが仰ってる他にも色々気をつけないといけない事がありますが、今までの経験で悩みながらも、あまり話題にならない事があります。
それは、「選んでいない方の行方」です。(syunさんより)

どちらも、とても大切な視点です。

さて、一昨日の話に戻りますが、畠山さんの3つの視点を考えながら、どうしたら子どもたちの表現を豊かにできるだろうかと考えてください。以下、2時間と長時間ですが畠山さんの講演記録です。この3つの視点については1時間41分ぐらいのところから話されています。

マジカルトイボックス第18回イベント講演動画
マジカルトイボックス第18回イベント講演動画
昨日は畠山さん追悼講習会・偲ぶ会でした。 沢山のゆかりの方からの言葉があり、その仕事のすごさを改めて教えられました。 さて、予告した動画な...

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加