綺麗に書くと言うことに対する日本人のこだわり


先日、ネットでこんな記事を見つけました。

要約すると新保信長という方が書いた『字が汚い!』(文藝春秋刊)という本が話題になったそうで、それに対していろいろな人が意見を言っていたのですが、ニュージーランド人のジェシカ・ゲリティさんがおっしゃった言葉が秀逸で

「アルファベット圏の人は文字は個性だと思っているから、美醜は気にしない。書き順や字の間隔も気にする人はいない。要は読めればいいという感じなんです。字が汚いことを恥じるのは、日本特有の現象だと思います」

ということを言ったそうです。
実際、私は小学校1年生から書道教室に通いました。
なぜかというと、実は左利きだった私を親が心配し、右手で文字を書けるようにと書道教室に通わせたのです。
時代が時代ですので、左で書くと言うことはいろいろと不利になると考えたのでしょう。
そんなわけで、文字を書くのは今でも右手。
左では書けません。
しかしそれ以外の運動はすべて左。
箸を持つのも、野球をするのも左です。
これって結構便利だったりして、右で文字を書いて左で箸を持って食べるなんて事が出来ます。
さて、話は戻りますが、そんな私なんですが、書道に通っていたにもかかわらず、字はそれほど綺麗ではありませんでした。
おまけに、漢字を覚えるのがとても苦手で、文章を書くことがとても苦痛でした。
つまり綺麗に書けない上に、字が出てこないので作文が一番嫌いでした。
今でこそ、沢山の本を出していますが、これはワープロのおかげだといっていいでしょう。
ところで、新しく出た学習指導要領では書道に関係する「書写」についてはこんな記述があります。

ウ 書写に関する次の事項を理解し使うこと。
(ア) 姿勢や筆記具の持ち方を正しくして書くこと。
(イ) 点画の書き方や文字の形に注意しながら,筆順に従って丁寧に書くこと。
(ウ) 点画相互の接し方や交わり方,長短や方向などに注意して,文字を正しく書くこと。

http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2017/05/12/1384661_4_2.pdf
ううむ、「丁寧に書く」「正しく書く」がありますね。
この「丁寧」や「正しく」はちょっとやっかい。
ただし、これは「書写」についての記述ですので、すべての学習活動でこれを求めているのでは無いはず。
解説を読んでみましょう。

○書写
書写に関する事項である。
ここに示す内容を理解し使うことを通して,各教科等の学習活動や日常生活に生かすことのできる書写の能力を育成することが重要となる。
文字のまとまった学習は,小学校入学を期に始まる。文字を書く基礎となる「姿勢」,「筆記具の持ち方」,「点画や一文字の書き方」,「筆順」などの事項から,「文字の集まりの書き方」に関する事項へと,内容を系統的に示している。さらに,文字や文字の集まりの書き方を基礎として,筆記具を選択し効果的に使用するなど,目的や状況に応じて書き方を判断して書くことについて示している。
なお,「第3 指導計画の作成と内容の取扱い」の2(1)カに示している書写の学習指導の配慮事項を踏まえる必要がある。

http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2017/08/02/1387017_2_1.pdf
この後段の「なおがき」の部分が気になりますね。
解説の163ページには

カ 書写の指導については,第2の内容に定めるほか,次のとおり取り扱うこと。
(ア) 文字を正しく整えて書くことができるようにするとともに,書写の能力を学習や生活に役立てる態度を育てるよう配慮すること。
(イ) 硬筆を使用する書写の指導は各学年で行うこと。
(ウ) 毛筆を使用する書写の指導は第3学年以上の各学年で行い,各学年年間30 単位時間程度を配当するとともに,毛筆を使用する書写の指導は硬筆による書写の能力の基礎を養うよう指導すること。
(エ) 第1学年及び第2学年の(3)のウの(イ)の指導については,適切に運筆する能力の向上につながるよう,指導を工夫すること。

とありました。解説では、これについての細かい説明が記されており、れいの「とめ はね はらい」があります。
ただ、私が思うにこれは書写としての学習の中心ではありますが、日常もそれに拘るとどうなのだろうと気になります。
実は、同じ163ページに漢字の指導についてこんな記載があります。

漢字の指導の際には,学習指導要領の「学年別漢字配当表」に示された漢字の字体を元に指導することを示している。「常用漢字表」(平成 22 年内閣告示)の「前書き」及び「常用漢字表の字体・字形に関する指針(報告)」(平成 28 年2月29 日文化審議会国語分科会)においては,以下のような考え方が示されている。
・字体は骨組みであるため,ある一つの字体も,実際に書かれて具体的な字形となってあらわれたときには,その形は一定ではない。同じ文字として認識される範囲で,無数の形状を持ち得ることになる。
児童の書く文字を評価する場合には,こうした考え方を参考にして,正しい字体であることを前提とした上で,柔軟に評価することが望ましい。

とあります。また、障害のある子どもたちの学習への配慮について158ページには

通常の学級においても,発達障害を含む障害のある児童が在籍している可能性があることを前提に,全ての教科等において,一人一人の教育的ニーズに応じたきめ細かな指導や支援ができるよう,障害種別の指導の工夫のみならず,各教科等の学びの過程において考えられる困難さに対する指導の工夫の意図,手立てを明確にすることが重要である。
これを踏まえ,今回の改訂では,障害のある児童などの指導に当たっては,個々の児童によって,見えにくさ,聞こえにくさ,道具の操作の困難さ,移動上の制約,健康面や安全面での制約,発音のしにくさ,心理的な不安定,人間関係形成の困難さ,読み書きや計算等の困難さ,注意の集中を持続することが苦手であることなど,学習活動を行う場合に生じる困難さが異なることに留意し,個々の児童の困難さに応じた指導内容や指導方法を工夫することを,各教科等において示している。
その際,国語科の目標や内容の趣旨,学習活動のねらいを踏まえ,学習内容の変更や学習活動の代替を安易に行うことがないよう留意するとともに,児童の学習負担や心理面にも配慮する必要がある。
例えば,国語科における配慮として,次のようなものが考えられる。
・文章を目で追いながら音読することが困難な場合には,自分がどこを読むのかが分かるように教科書の文を指等で押さえながら読むよう促すこと,行間を空けるために拡大コピーをしたものを用意すること,語のまとまりや区切りが分かるように分かち書きされたものを用意すること,読む部分だけが見える自助具(スリット等)を活用することなどの配慮をする。
・自分の立場以外の視点で考えたり他者の感情を理解したりするのが困難な場合には,児童の日常的な生活経験に関する例文を示し,行動や会話文に気持ちが込められていることに気付かせたり,気持ちの移り変わりが分かる文章の中のキーワードを示したり,気持ちの変化を図や矢印などで視覚的に分かるように示してから言葉で表現させたりするなどの配慮をする。
・声を出して発表することに困難がある場合や,人前で話すことへの不安を抱いている場合には,紙やホワイトボードに書いたものを提示したり,ICT機器を活用して発表したりするなど,多様な表現方法が選択できるように工夫し,自分の考えを表すことに対する自信がもてるような配慮をする。
なお,学校においては,こうした点を踏まえ,個別の指導計画を作成し,必要な配慮を記載し,翌年度の担任等に引き継ぐことなどが必要である。

とあります。具体例については発声などについてICT機器の活用はありますが、書くことに困難がある例は示されていませんが

これを踏まえ,今回の改訂では,障害のある児童などの指導に当たっては,個々の児童によって,見えにくさ,聞こえにくさ,道具の操作の困難さ,移動上の制約,健康面や安全面での制約,発音のしにくさ,心理的な不安定,人間関係形成の困難さ,読み書きや計算等の困難さ,注意の集中を持続することが苦手であることなど,学習活動を行う場合に生じる困難さが異なることに留意し,個々の児童の困難さに応じた指導内容や指導方法を工夫することを,各教科等において示している。

というように「読み書きや計算等の困難さ, <中略> 個々の児童の困難さに応じた指導内容や指導方法を工夫すること」とあります。
しかし、これに追加して「学習内容の変更や学習活動の代替を安易に行うことがないよう留意する」とあるので、ここら辺は担当する教員が躊躇してしまいそうですね。
そこで大切なのは最後に書かれている「なお,学校においては,こうした点を踏まえ,個別の指導計画を作成し,必要な配慮を記載し,翌年度の担任等に引き継ぐことなどが必要である。」でしょう。つまり、個別の指導計画にしっかり記載することがとても重要となります。
さて、書くことについてここでは、「硬筆」「毛筆」とは書いていますが、「鉛筆」とは書かれていませんね。
でもやっぱり教員は「鉛筆」でないといけないと考えている面があります。
こんな記事を以前書いたことがありました。

こういった事をいろいろと考えながら、子どもたちの困難さを考えてもらえたらなと思います。

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コメント

  1. 八木実 より:

    綺麗に書けない私は、綺麗に書きたいと思って、多少は努力しています。でも、限界もあるので、内容で勝負と、自ら慰めています。徳川家最後の将軍、徳川慶喜も、能筆が評価されて、将軍に推挙されたとか? 能筆は、できれば、そうありたいですね!