「ねばならない」社会から「だったらいいね」社会へ


昨日は、都内某所で忘年会でした。
終わった後の移動途中、エスカレーターに乗っていたら後ろの女性から声をかけられました。
 
 
女性「すみません」
 
私「はい、なんでしょうか?」
 
女性「進みたいんですけど」
 
私「このまま乗っていれば進みますよ」
 
女性「・・・・」
 
お分かりでしょうけど、その時に私は他の人と一緒だったこともあり、右側に立っていました。
 
その女性は
 

右側は歩くもの

 
と思い込んでいるのですよね。
 
なのにこの人は立って歩こうとしていない。
 
注意をしたかったのでしょう。
 
大阪なら右側は立っているかな。
 
前にこちらの記事に書いているように
 

 
私はエスカレーターでは歩くことをやめました。
 
歩きたいなら、急ぎたいなら、階段を使います。
 
その時もエスカレーターの横には比較的広い階段があります。
 
ですので急ぎたいなら、階段を進めばいいはず。
 
しっかり歩けるのですから。
 
そう感じました。
 
エスカレーターは歩く人のために片側を空けなければならないというのは、既成概念が頭にある人の思い込み。
 
上記の記事のように歩くのは、障害のある人のためにも、機械のためにも好ましいものではない。
 
その女性にとっては、結構迷惑なおじさんだったかもしれないし、意味分からないと思ったことでしょう。
 
でも私としては、歩くなら階段を進んでと思っています。
 
その人には、伝わらなかったかもしれません。
 
でも、少しでもこういった事を知ってもらえるように、身近な人には伝えたいとおもいます。

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