
Facebookで井上賞子さんから「読めなくても、書けなくても、勉強したい」が大阪教育大学の入試問題に取り上げられたとご報告がありました。
以下井上さんからのご紹介ですが
智に読み上げのテストをしてくださった設楽先生とのエピソードと、彼が周囲からの評価の中で苦しんでいた様子が取り上げられていて、
・智の心情を要約し
・どんな対応が可能か
を論述するものでした。
とのことです。
自分のブログを振り返ってみたら6年も前にこの本をご紹介していたようです。
![]()
井上さんが大学で学んでいたときの叫びのようなメッセージを前にもご紹介させてもらいました。
![]()
そんなことをかんがえていたら さかなクン の以下の情報をもらいました。
最後に、toraさんからのメッセージを転載させてもらいます。
「ディスレクシア」
これは、10年ほど前に、読み書きが破滅的だと、こうなる。
苦しかった人生の一部を吐き出した文章を賞子が本にしたものだ。
子供が読むには、余りにも絶望感が多い。
決して、これは、当事者の子供に読ませる内容ではない。
教育者が読むべき本だ。
この題は嫌だ。
この表紙は嫌だ。
他、いろいろ出版社と揉めた。
和解できないまま、社長は、他界されて後悔している。
昭和教育の場面が多いが、今も、あまり変わっては、いないらしい。悲しい事だ。
この本から大阪教育大学の試験問題に使われた事は、とても光栄です。
これから現場で働く新任の先生方は、知的能力には、なにも問題がないにも関わらず。読み書きが破滅的な子に「この子が将来困るからと」無駄な根性論で、その子に無駄な時間を過ごさせる、なんて事しないんだ!
現場が変わっていく事を心から願っています。