文部科学省 初等中等教育局メ-ルマガジン第376号より「2020年を前にした3つの懸念を軸に」

昨年末、文部科学省はGIGA スクール構想を出しました。

目次

文部科学省補正予算で令和元年度にGIGA スクール構想が始まるようです
文部科学省補正予算で令和元年度にGIGA スクール構想が始まるようです
林さんのブログより文部科学省の令和元年度補正予算関連が紹介されました。 参照元は首相官邸と財務省と文部科学省 文...

これによると令和5年度までに多くの予算を配備し、高速ネットワークと一人1台端末を実現します。

そうなると必ず

懸念

する声が上がります。

某新聞社もこんな記事を書いています。

1人1台PC 投資に見合う教育効果あるか
1人1台PC 投資に見合う教育効果あるか
【読売新聞】 まず配備ありきで、活用方法の検討は二の次というのなら、見切り発車と言わざるを得ない。  政府が2023年度までに、全国の小中学校で1人につき1台のパソコン(PC)などの情報端末を配備する方針を決めた。「3人に1台」の配

相変わらずの、心配だ心配だという話。

しかし、本当に心配なのは、現実の社会の流れに応じずに学校が変わることを応援しようというとしないことではないでしょうか。

日本のICT教育が進まない背景についてはこんな事を書いている人もいます。

日本のICT利活用がしんどい理由
日本のICT利活用がしんどい理由 | gakko.site
欧州や米国でICTを使ってる授業を視察すると、日本の先生は間違いなくビックリします。いや、拍子抜けすると言った方が正確かもしれない。日本の先生方の得意な精緻で統制された問答中心の授業は、まずお目にかかることがないからです。

この記事ではこんな事が書かれています。

はっきり言いますけど、一斉授業・授業統制技法の延長で1人1台をやるのはしんどい。それが出来るのはスーパーな人だけ。でも、一見、指導技術的には劣るように見える海外の先生方が普通に1人1台の運用が出来るという事は、【授業統制技法としてのICTを捨てろ】という示唆に他なりません。

これが示唆するのは、子ども主体でのICT活用だと思います。

自ら学ぶツールとしてのICTの活用はやはり特別支援教育にそのキーがあると昨日の魔法のプロジェクトの発表会を聞きながら思いました。一斉指導での学びに困難があるからこそ、特別支援教育ですが、これが返って幸いする。一斉指導だけでは難しいからICTなんだけど、一斉指導でない方法を模索するヒントが特別支援教育でのICT活用から学べると思います。

魔法のプロジェクトの今年度の発表資料と次年度の募集が始まりました
魔法のプロジェクトの今年度の発表資料と次年度の募集が始まりました
ソフトバンク株式会社と東京大学先端科学技術研究センターが運営している魔法のプロジェクトの今年度の発表資料のWeb掲載と次年度の参加者公募が公...

さて、表題のメールマガジンのこと

初中教育ニュ-ス(初等中等教育局メ-ルマガジン)第376号(令和2年1月24日)
初中教育ニュ-ス(初等中等教育局メ-ルマガジン)第376号(令和2年1月24日):文部科学省

これの記事の中で初等中等教育局財務課 課長 合田哲雄さんが「年末年始に先生方と対話して考えたこと -2020年を前にした3つの懸念を軸に-」と題して、非常に興味深い記事を載せています。

まずは3つの懸念について

(1) いろんな改革がそれぞれの文脈で学校に押し寄せるけど、これらをすべて一身に引き受けるのは学校だから全部やるのは無理!

(2)一人一台の情報端末が子供たちに整備されたら、これまでの我が国の教育界の蓄積はもう通用しないだけではなく、生身の教師も不要!

(3)趣旨は分かったが、校長や教育委員会、首長が理解してくれないなどいろんな隘路があってなかなか改革が進まない。文部科学省の支援も不十分!

上記の新聞記事内容と似ていますね。

多くの人が感じることだからかもしれません。

これに対して合田さんが答えています。

(1)については

未来社会は、目の前の子供たちが新しい価値や文化を創造してわれわれ大人を乗り越えることで発展する「出藍の誉れ」時代。したがって、今、大人が子供たちにすべきことは、同調圧力のなかで付和雷同したり他人任せで考えることを止めたりするのでなく、自分の足で立って自分の頭で考え、他者と対話することの大事さを共有できる学びを提供すること

と述べています。そのためには、世の中であまたの情報が流布している中で”本当”の情報を探したり、判断したり評価する力が必要。

そのためには、ICTを中心としたツール無しには私たちがその力を発揮することは難しいはず。そう述べているのだと思いました。

それが

2020年に一斉にスタートする新学習指導要領、GIGAスクール、働き方改革の加速化は、子供たちの自立に向けた教育の質の向上という同じ目的を共有しており、相互に関連する形で推進してこそその目的を実現できるものです。

ということを述べているのだと思いました。

次に(2)については

知識や経験が異なり、多様な考えや発想を持った他者と対話を重ねることは面倒で、AIや他者が決めたことに従った方が楽かも知れません。しかし、自分達で社会の方向性を決めることを放棄し、すべてAIや特定のリーダーに丸投げする社会はディストピアそのもの。だからこそ、教育基本法は、あらゆる問題について、これですべて解決という特効薬はなく、複雑で課題を丁寧に解きほぐして関係者の「納得解」を得る地道な努力からわれわれは逃げるわけにはゆかないことを前提に、公教育に対して、自分の足で立って自分の頭で考え、他者と対話する力をはぐくむことを求めています。

と述べています。そして

学校の役割は、知識の習得にとどまらず、習得した知識や思考を活かして、より善く生きようとかより良い社会にしようとするための教育実践を重ねることにあります。生身の教師が不要どころか、子供たちの学ぼうとする心に火を灯し、ICTを活用して単元の内容をより構造的・立体的に理解できるような授業を演出し、「学び合い」や「教え合い」でクラス全体の知識の理解の質を高めたり、討論や対話、協働を引き出したりするための教師の役割と力量はますます重要になっています。

もちろん、ここで述べることをすぐに実践できるようになるのは一朝一夕ではないでしょう。しかし、あくまでICTはツールです。使いこなすのは子どもだけでなく、教員も使いこなしてもらいたい。

そのためには

今回のGIGAスクール構想については、専門職としての教師の立場から、情報端末はどんな機能が必要で、いかなるソフトやアプリが役に立つか、子供たちの変化を見取り、興味・関心を引き出すに当たってどんなデータが必要かなどについて、どうぞ子供たちのために存分に「我が儘」になって発信してください。

とあります。ここまで文科省の人が書くというのは凄いなと思います。

現場が試されているとも言えます。

次に(3)について

ここでは前例踏襲と旧来の活動から抜け出せないことの弊害について述べています。しかし

今、状況を俯瞰してゴールを設定できる力が強く求められており、子供たちの社会的な自立を目的とする学校教育において、多様な学びを通して自分の足で立って自分の頭で考え、他者と対話する力をはぐくむことが掛け値なしに重要になっています。

この「多様な学び」というのはまさに特別支援教育で考えてきたことです。

そして

「これですべて解決という特効薬はなく、複雑で課題を丁寧に解きほぐして関係者の「納得解」を得る地道な努力からわれわれは逃げるわけにはゆかない」

とあります。ICTじゃなくても、ということは多く言われます。私もそういった事をいう場合もあります。

しかし現実にはICTを使ってこそ良い学びがあるはずなのに、いろいろなリミッターを大人がすることで、進まなかった過去があるのも事実。

前に進むために沢山の人が知恵を出していければと思います。

最後に、いつもお世話になっている福島さんがFacebookで以下のことを書いていました。

昨年12月、GIGAスクール構想が閣議決定されました。
GIGAスクール構想では、子どもたち1人1台の端末、高速大容量ネットワークの整備、クラウド活用の推進、といった文言が並んでいますが、それらを活用するための教育を受けた教員が少ないのが学校現場です。
それは,現職の教員が教員養成段階において「ICTを活用した教育の内容・方法を教わっていない」ことが要因の一つだと考えられます。
つまり、教員養成の在り方が不十分なのではないかと考えています。
そんなことを考えていた今日、文部科学省が【Society5.0時代に対応した教員養成を先導する教員養成フラッグシップ大学の在り方について(最終報告)】を公開しました。
↓ ↓ ↓

Society5.0時代に対応した教員養成を先導する教員養成フラッグシップ大学の在り方について(最終報告):文部科学省

以下、【Society5.0時代に対応した教員養成を先導する教員養成フラッグシップ大学の在り方について(最終報告)概要】から、「教員養成フラッグシップ大学」の目的・必要性を引用
↓ ↓ ↓
教師の養成・研修に大きな役割を担っている教員養成大学・学部等の現状としては,教育現場が期待する新たな教育課題やニーズに適時・的確に対応し得る機動的な教員養成・研修の深化,またそれを超えた先導的な試行等を十分に行えるだけの体制・状況とはなっていない。
「教員養成フラッグシップ大学」の構想は,このような現状から踏み出し,Society5.0時代にふさわしい教員養成の在り方自体を変革していくための牽引役となる大学を創出する必要があるとの危機感から提言されたものである。

遅い感はありますが、教育界が変わるような気がします。

われわれ学生を指導する立場の教員も指導の在り方を変えていく必要があります。

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