栗原類さんが本を出されて、いくつかのネットニュースなどでその話題が出ています。
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この本は彼の本というよりも、彼と彼のお母様が書かれた本のようです。
特に、お母様が日本の教育とニューヨークの教育との違いを表している内容がとても興味深かったです。
以下気になったところ
「何か問題が起こったときに、とりあえず誰かが「申し訳ありません」といわないと収まりがつかない、日本の状況と大きく違うのはそこです。どんな問題が起こっても、誰も謝る必要はないし、誰が悪いのかなんて考える無駄な時間は必要ないです。」
どこかの、市場の話題を思い返してしまいます。
日本だと「教員が悪い」「保護者が悪い」「本人が悪い」と犯人捜しをし、子供の困ったことについて対処することをせず、「誰が悪いのか」と言うことを求めてしまう。しかし、問題の本質は困ったときにどうすれば解決するか、と言うことが重要なのですが、それについては、実は具体策があまり提示されず、情緒的な話に終始してしまう。
そんなことよりも、文字がかけないのであれば、ワープロを使えばいいし、記憶力が弱いのであればスマホのスケジュール管理機能で、リマインドすればいい。そんな、具体的な解決方法があってもいいように思います。
類さん自身もアメリカでは小さいときからパソコンで宿題をするので、どうして日本はそうしたことが許されないのかについて、
視力が低い子に視力がよくなる訓練をさせるのではなく、眼鏡やコンタクトレンズの使用をすすめるのと同様に、発達障害児にとっての眼鏡やコンタクトレンズに相当するのが、タブレット端末やパソコン、スマートフォンなのです。眼鏡は「他の子が使っていないんだから不公平だ。それを使わずに黒板の文字が見えるように努力しろ。」とは言われないのに、発達障害児のスマートフォンは言われてしまう。それはやっぱり発達障害児が正しく理解されていないからだと思いますが、非常に残念です。
と書いています。
少しずつではありますが、タブレットなどが使えるようになっては来ていますが、それもまだまだ。
ご自身でもいろいろと、現在は工夫されているようですが、読んでいて思うのは、機器だけでなく周りにどのように理解をしてもらうかと言うことが大きいと言うこと。何でそんなことをするの、そんな行動があるのか、と言うことを丁寧に説明しないと、なかなか理解してもらえない状況があるようです。
ですので、機器があれば本人の課題は解決しますが、周りとの関係についてはすぐには解決しない。
理解してもらえる人を増やしていくことがとても重要です。
栗原類さんの今後の活躍が気になります。