知ってしまったということは罪作りである、子どもを理解するためにどうすればいいか?


あなたにこんなお題を出してみたいと思います。

「りんご」のことを思い浮かべてはいけません



さて、こんな事をいわれてアタマの中にリンゴを浮かべないでいられる人がいるでしょうか?

もちろん

りんご


という言葉を知らなければ、浮かびませんし

りんご


そのものを知らない人は思い浮かぶことはできないでしょう。

しかし、すでに言葉も実物も知っている人にそういった問いかけをした場合はどうでしょう。


なかなか難しいですよね。


これは認知心理学で良く語られるお題です。


つまり、すでに分かっていることを、消すことは難しい。


さて、昨年度は総務省の事業でプログラミング教育をしました。

子どもたちは素晴らしく、どんどんと吸収します。

しかし、意外と大人の方がなかなか飲み込みが悪かったりする。


パソコンの使い方を人に教えていてもそんなことがあります。

そういった時に

何でできないの?


とか

どうして分からないの?


なんて言っていいのでしょうか?

こちらは、分かる側。でも相手は分かっていない。

しかし、本当に分かっていないのはこちら側かもしれません。

つまり、相手側が分からないという状態になったとき、自分はすでに知っていることを忘れて分からない状態にはなれないんです。

ですので、相手が分からないことをこちらが理解する手立てを持たないといけない。

一番の手立ては

可視化



させることでしょう。
一般的には、数値化させるということをよくいわれます。

そうだとしなくても、状況を理解するためのもの。

支援ツールはそういったものなのかなと思います。

実は、本人にとってのツールじゃなくって、困っている人を理解できない人にとっての支援ツールという意味もあるのでは。

コミュニケーションの場面で文字化することでどのくらい理解しているのかも見えてくるだろうし、ICTを使うことで見えてくることもある。

そういった事無しに、頭ごなしに相手が理解できないことを評価してはいけない。

そんなことをつれつれ考えました。

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