同じ課題を課すことが「平等」だといえるのでしょうか?

特別支援教育が始まって10年以上が経ちました。

特別支援教育の推進について(通知):文部科学省

また、日本が障害者の権利に関する条約を批准して5年経ちます。

障害者の権利に関する条約(日本政府公定訳)

この中で、障害のある子どもたちの学習に関しては、基礎的環境整備と合理的配慮をかかげ、過重な負担とならないのであればその義務が課される差別解消法が3年前から施行されています。

障害を理由とする差別の解消の推進 - 内閣府

しかし、学校現場はどうでしょうか?

まだまだ、そういった考え方が十分に伝わっているとはいえないのが現状です。

例えば、同じ課題を出して障害のある子どもがやってこなければ日常点を評価してもらえない、そんな話を聞くことがあります。

担任の教員は

他の子どもと平等で無い

と考えてしまうようです。

さて、平等とは何でしょうか?

これまでにも書いた平等と公正についての思い違いが多くあるように思います。

「平等」と「公正」そして「過剰な支援」合理的配慮について考える画像
いつもお世話になっている高松さんから上記の絵をご提供してもらいました。 これの元になっているのはアメリカの経済学者が作られた絵...

宿題の話で思い出すのはこの松谷くんのお話です。

TEDxKids@Chiyodaより「もっと自分らしく学べる社会へ」
TEDxKids@Chiyodaの様子がWebで公開されました。 以下はTomonao Matsuyaさんの発表です。 Never gi...

毎日毎日頑張っても追いつかない、それは彼の努力が足りないからでしょうか?

そして、それだけ頑張れば結果が付いてくるのでしょうか?

こんな事をしても、やる気が無くなるだけで楽しい学びにはつながらないように思います。

未来のトラブルのために学ぶ権利を侵害されていいわけない
(いらすとやより)  読み書き障害のあるお子さんの保護者から、タブレットPCを学校に導入しようとしても、なかなか学校の中で受け入れられなか...

昨年のATACで坂井聡さんが講義の中で面白い疑似体験を教えてくださいました。

二人一組で一人の人が紙を持ち、もう一人の人が足を地面に付けないで宙に浮かせながらペンを下に付けないで自分の名前を作文用紙のマスぐらいの大きさに書いて下さい。

ということを言われました。

試しにやってみましたが、綺麗にはけっして書けません。

自分の名前でも。

学校の先生方はそんな事を子どもたちに要求しているのかもしれない。

これって、発達性協調運動障害と同じ状態になるのだそうです。

発達性協調運動障害の子どもたち 必要な療育とは? - 記事 | NHK ハートネット
「極端な不器用さ」に悩む発達性協調運動障害(DCD)の子どもたち。まだまだ認知度が低く受診にすら至らないケースも多いですが、その子に合わせた療育や支援が必要なケースも。兵庫県立リハビリテ―ション中央病院「子どもの睡眠と発達医療センター」の小児リハビリテーション室を取材しました。

よくお話をさせていただくことに、

雪道をノーマルタイヤで滑らせながら走っている

ということをいうことがあります。とても頑張っているけど、無駄な頑張りをしている。

頑張っていないんじゃ無くって、彼らはすでに障害というハンディを持っているのにそれ以上の頑張りをしている。

それに気がつかないのであれば、先生方もぜひ、パソコンを使わずに教材は全部手書きで書いてみて欲しい。

学校の教員はそんな選択肢が考えられますが、障害のある子どもたちはそういった事を選ぶ事がなかなかできない。

最後になりますが、井上さんのこのメッセージを再度紹介します。

ディスレクシアのある成人からのメッセージ「隠して学校生活を送っている子供を1日も早く見つけて、その子に合った学習方法を!その機会を与えて下さい。」
この文章は,読み書きに困難がある井上智さんがFacebookにご自身が投稿された手書きの文字です。 普通に見てしまうと,知的に遅れが...
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